Glass abstract of outside building.

連載コラム・欧州M&A最前線2018年9月・10月

07 December 2018. Published by Nigel Collins, Partner, Head of Japan Desk

今月のテーマは電気自動車(EV)のための新規制だ。急速に進展するEV産業のアドバイザーたちと業界トレンドについて話し合い、また伊藤忠商事がカーシェア・スタートアップ企業に投資するに当たり助言する中で、EV市場全般について考えたことを受け、このテーマを取り上げることにした。

英国ではこのほど、「2018年自動運転車・電気自動車法(AEV法)」が施行された。進展著しいコネクテッドカー(つながる車)や自動運転車の現状に即し、英国法改正のプロセスの一環として歓迎すべき第一歩だ。同法には電気自動車(EV)の利用を促すための条項も含まれている。

AEV法は、二つの重要分野を対象としている。

・事故賠償責任に関する保険ルールの刷新

・国内のEV向け充電インフラの改善

すでに小売業界は、さまざまな形で自動運転技術を取り入れている。例えば、英オンライン食品販売会社オカド(Ocado)は、無人運転の配達用バンの試験を行っているし、テイクアウト注文サイトで欧州最大手の英ジャスト・イート(Just Eat)は、自動配達ロボットを採用している。これと並行して、EVが主流化する中、消費者のEV利用を促し、拡大する必要もある。

■自動運転車による事故賠償責任の明確化

物流の自動化によるコスト削減効果は多大だが、AEV法が成立するまで、自動運転車による事故の賠償責任は不透明だった。英国では、自動車保険は車ではなく運転者ごとに加入する。この結果、運転手のいない自動運転車の保険の位置付けは疑問符が付いたまま残されていた。AEV法ではこの隙間を埋めるために、保険契約が交わされていれば、通常は自動運転中の車にもその保険が適用されると定めている。ただし、これが適用されるのは、グレートブリテン、つまり英領北アイルランドを除く英国の道路や公共の場所で自動運転中の車が事故を引き起こした場合のみだ。

AEV法は、自動運転車による事故で怪我をしたり、事故に巻き込まれた当事者がリスクや過失を犯し、それが事故の原因や要因になった場合には、こうした過失が従来通り重要性を持つと定めている。

さらにAEV法は、自動運転車を操作するソフトウエアに無断で改変が加えられたり、必要なソフトウエア更新が行われていなかった場合には、保険会社は賠償責任を免除されると明記している。こうした場合、事故は以下のいずれかと見なされる。

・ソフト改変の直接の結果

・保険契約者が安全性に関わると知っていた、あるいは知っているべきだったソフトウエア更新を怠ったことが原因で起きた

このことから分かるように、自動運転車の保守記録や更新状況を管理し、明確に示せるようにしておくことが重要だ。また、ソフトウエアが運転者や運行管理者、第三者によって無効化あるいは改変されることのないよう、適切なシステムを搭載する必要がある。こうした文脈で言えば、サイバー・セキュリティーもさらなるリスク要因となりそうだが、AEV法ではこの点は取り上げていない。これについてはいずれ新たな法整備が行われるだろう。

■EV向け充電ステーション

AEV法の二つ目の焦点は、英国内にEV向け充電インフラ網を展開し、充電ステーションの数を増やすことだ。同法により政府は、大規模ガソリンスタンドや高速道路のサービスステーションなど一部の小売業者にEV向け充電器の設置を義務付けたり、充電ステーションのスマート化(充電サービスと情報、遠隔支払いを含む支払手段を1カ所で提供できるようにすること)を求める権限を得た。

さらに今後、EVがより広く普及すれば電力需要が高まることから、EV向け充電ステーションは、英送電大手ナショナル・グリッドが電力需要の増大に対応できるよう、消費電力の監視や同社との相互連絡を受け入れなければならない。

AEV法は二つの重要分野の進展を促すものだ。まず、業務用自動運転車の利用に当たっては、適切な保険をかけることが重要だ。また各方面とも、自動車利用による環境汚染を軽減するとともに、消費者にもそれを促すよう引き続き求められている。

今月の注目すべき取引を以下に挙げる。

・ピアツーピア(P2P)カーシェアリング・プラットフォーム事業を展開する英ハイヤカー(Hiyacar)が、伊藤忠商事から500万ポンドを調達した。同社はこの資金により、引き続き「自動車のエアビーアンドビー(Airbnb)」を目指す。2014年創業のハイヤカーは、スマートフォンのアプリを通じて自動車所有者が車を貸し出せるよう手助けする。伊藤忠は、タイヤ小会社ヨーロピアン・タイヤ・エンタープライズ(英国)を通じ、「クイック・フィット(Kwik Fit)」のブランド名でカーメンテナンス事業も行っており、同事業とハイヤカーのつながりを生かす方針だ。

・かねて企業買収を模索していたカルビーが、英製菓シーブルック・クリスプスSeabrook Crisps)の買収取引を完了した。取引額は明らかにされていない。シーブルックは小規模ながら人気の高いブランドだ。

・伊自動車大手フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)は、自動車部品部門マニエッティ・マレリ(Magneti Marelli)を米投資会社コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)傘下の自動車部品メーカー、カルソニックカンセイ(さいたま市)に71億ドルで売却することで合意した。KKRが2016年にカルソニックを買収した時、同社は世界売上高の8割を日産自動車に依存していたが、今回の買収によりこの厄介な依存関係が軽減されるだろう。

個人的にはこのほど、ロンドンに進出する日本企業の法律顧問や法務部門トップ、上級社内弁護士のための「日本GCネットワーク・イン・ロンドン」を立ち上げた。これは、いわゆる「チャタムハウス・ルール」に基づくディスカッション・ネットワークで、参加者がここで得た情報は、発言者を特定しなければ自由に引用・公開できる。年6回の開催を予定しており、初会合には約10社が参加した。参加者は、さまざまなプレゼンテーションや、オープン・ディスカッションへの参加を非常に興味深く感じたようだ。興味のある読者には詳細をお送りするので、是非ご一報いただきたい。

*本稿で引用した当社の保険部門による記事へのリンク

https://www.rpc.co.uk/perspectives/retail-therapy/update-automated-and-electric-vehicles-act-2018/

*「2018年自動運転車・電気自動車法(AEV法)」(http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2018/18/contents/enacted/data.htm

 

Originally published by NNA in October 2018.